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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9351号 判決

東京都世田谷区玉川等々力町三丁目五二番地

原告 岡田啓資

右訴訟代理人弁護士 安藤寿郎

〈ほか三七名〉

(別紙目録記載のとおり)

東京都千代田区丸の内三丁目一番地

被告 東京都

右代表者東京都知事 美濃部亮吉

右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉

右指定代理人 大川之

同 南明

右当事者間の昭和四〇年(ワ)第九、三五一号国家賠償請求事件について、当裁判は、次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対し、金三〇万円を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告―主文同旨の判決及び仮執行の宣言。

二、被告―「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決。

第二、請求原因

一、原告は、東京弁護士会所属の弁護士である。

二、(本件不法行為発生に至る経過)

1  昭和四〇年四月一八日午前一〇時、東京都日比谷公園内日比谷野外音楽堂において、ベトナム侵略反対、日韓会談粉砕、春闘勝利、生活と権利擁護、安保条約破棄等の要求を掲げて、全国統一行動東京集会が開催され、同日午後二時すぎ、右集会参加者は、右諸要求をアッピールするためデモ行進にうつった。

2  ところで、最近かかる民主的集会やデモ行進に対抗する警備警察の本質は、かかる集会参加者を暴徒視し、不当な弾圧規制をこととし、警察官による不法な干渉、妨害、挑発あるいは直接的な実力行使等が頻発していた。

そこで、原告は、本件デモ行進の主催者である四・一八全国統一行動代表者会議からの要請により、集会、デモ行進における警備警察官と右参加者との間の紛争を未然に防止し、また、デモ行進参加者が不当に逮捕されるようなことがあった場合の証拠の収集、保全等を目的として、写真機を携帯し、前記デモ行進につきそっていた。

3  そして、日比谷公園を出発した前記デモ行進が、整然、平穏に、霞ヶ関から国会議事堂前高速道路入口附近に至り、大蔵省裏交差点を特許庁方面に左折しかかったころ、警備にあたっていた警視庁所属の警官隊は、その必要もないのにデモ隊の進路の幅を極端にせばめるよう、ことさらに先頭の行進参加者にその身体を押しつけ、あるいは、旗・プラカードを持っている者の手を押し、横断幕の支持棒に手をかけるなどして、職権を濫用して、デモ行進の権利を不当に制限、侵害していた。

4  そこで、原告は、警察官の警備体制、デモ行進の状況、警察官の前記デモ行進参加者に対する不当な干渉ぶり等を、撮影していた。

三、(本件不法行為の成立)

1  原告は、同日午後二時三〇分ころ、大蔵省裏交差点付近歩道上に在り、前述のように霞ヶ関方面から進行してくるデモ隊等を撮影していた。

ところが、原告の撮影場所から約一五メートル霞ヶ関方面に離れて立っていた私服警察官警視庁巡査部長小島勝視が、突然、「写真を撮ったろう、フィルムを出せ。」と大声で叫びながら他の制服警察官数名等とともに原告のところへ走り寄り、いきなり両腕でつかみかかってきた。

この時、原告と同様デモ行進につきそっていた福島等弁護士が咄嗟に原告と小島巡査部長の間に入り、同人に対して身分を尋ねたところ、同人はポケットから手帳らしいものを見せる格好をとり、原告の肩へ手をのばし強引に右写真機を奪いとろうとした。

そこで、福島弁護士は、「いかなる権限に基づいて、暴行をするのか」と抗議したが、小島巡査部長は、これを無視し、なおも執拗に原告の所持する写真機を奪い取ろうとした。

2  そこへ、付近の車道上でデモ隊を規制していた警備警察官数名がかけより、小島巡査部長から上衣の襟や肩をつかまれて写真機を奪われようとしている原告と福島弁護士をとり囲んで、小島巡査部長に助勢し、その一人の警察官のあげた手は原告の顔に当たり、このため原告の眼鏡が飛ばされて地上に落ち左側レンズが粉々にわれた。

ついで、警察官らは、福島弁護士らと原告の間に割って入いり、原告を孤立させ、その間、小島巡査部長は、約七、八分間にわたって原告の肩に手をかけ、あるいは胸をつかむ等して原告から写真機を取り上げようとした。

しかし、小島巡査部長は、原告の抵抗によってその場で写真機を奪い取れないと知るや、原告の右側からその右腕をつかみ、他の警察官一名が原告の左側からその左腕をとらえ、さらに他の警察官数名がこれをとり囲むようなかたちで、原告を引きたてて、道路をへだてた反対側の国会議事堂側の歩道脇のところまで約四、五〇メートルを強制的に移動せしめた。そして、そこに停車していた警視庁広報車や装甲車等で見通しの悪くなっている道路にそうコンクリート塀の前で、小島巡査部長は、警察官らの見張りのもとで原告の両腕をつかみ原告を右コンクリート塀に何回も押しつけながら、「なぜ写真を撮った、名前をいえ。」と激しく責めたて、「質問に答える必要はない。」と原告が答えるや、同巡査部長は、原告の身体をコンクリート塀に何度もぶっつけるように押しつけて、「名前をいわぬなら弁護士バッジを見る。」といいつつ、原告から上着の襟についていた弁護士バッジを無理に取り外し、同バッジの裏の弁護士登録番号を手帳に控えた。

そのうえ、同巡査部長は、なおも原告の写真機を奪い取ろうとし、原告が写真機を右手にもって背後にまわしそれをはばもうとしたにもかかわらず、ついに引きちぎるようにして原告から写真機を奪い取った。

3  すると、小島巡査部長は、無法にもその場で写真機からフィルムを取り出し、これを感光させた上写真機とフィルムを原告に返還した。

また、指揮棒を持った警察官一名は、小島巡査部長に対して、「フィルムを感光させたか。」と問い、同巡査部長が「感光させた。」と答えると、「それならよい帰してやれ。」と指示し、ようやく、原告はもといた場所に帰ることができた。

原告は、この間約一五分間にわたって自由を拘束されていたのである。

四、(原告の受けた損害)

原告は、弁護士として、警察官の違法行為を監視するという職務に従事していたのであるが、小島巡査部長らはそれを承知のうえで、その職務を妨害し、かつ警備警察官らによって行われた違法なデモ規制を陰蔽するために、なんらの理由もないのに原告を被疑者扱いしたばかりでなく、その職権を濫用して、一連の暴行、逮捕、監禁、器物損壊、業務妨害、弁護士侮辱等々の不法行為を、原告らの正当にして当然の抗議を無視してあえてした。そのため原告は、一個人としても、名誉をはじめ、身体及び精神の自由と安全、行動の自由、財産等を侵害され、甚大な精神的損害を蒙ったことは明らかであるが、特に弁護士としても、その職務行為を妨害され、弁護士としての尊厳を踏みにじられ、その名誉を著しく毀損されたことによる精神的侵害は、耐えることのできないものであった。

それにもかかわらず、被告は、原告の「謝罪及び責任者の処分」の要求、原告所属の東京弁護士会人権擁護委員会の「責任の所在の究明と適切な措置を講ずべき旨」の申し入れにもなにひとつまともに答えることなく、まったく改悛の情がない。

以上の諸点を考えると、本件不法行為によって蒙った原告の精神的損害は、これを金銭に評価すれば、少なくとも三〇万円を下らないものである。

五、(被告の責任)

原告に対し前記のような不法行為を加えた小島巡査部長らは、被告の公権力の行使にあたる公務員であり、その職務を行うについて、故意に前記行為をなしたものであるから、被告は、国家賠償法第一条第一項の規定により、原告に対し、前記損害を賠償する責に任ずべきものである。

六  よって、原告は被告に対し、金三〇万円の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因一は認める。

二、1 同二の1は認める。ただし、集会は午前一一時二五分ころ開始され、デモ行進に移ったのは午後一時五二分ころであった。

2 同2の事実中、原告が写真機を携帯してデモ行進につきそっていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の事実中、同デモ行進が霞ヶ関から国会議事堂前高速道路入口付近に至って大蔵省裏交差点を特許庁方面に左折しかかったこと、その頃警視庁所属の警察隊が右デモ行進の警備に従事していたことを認め、その余を否認する。

本件集会及びデモ行進は、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(昭和二五年七月三日東京都条例第四四号)に基づいて、昭和四〇年四月一五日にその主催者から東京都公安委員会に対して許可申請がなされ、同月一六日同委員会から、「旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとする。だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、あるいは先行てい団との併進、またはいわゆるフランス・デモ等、交通秩序をみだす行為をしないこと。」等の条件付で許可されたものであるが、大蔵省裏交差点を左折するころには、右許可条件に違反して、一人で持ち歩くことのできない横断幕を掲げて行進したり、かけ足で行進したり、先行てい団と並進したり追い抜いたりする状況であった。

4 同4の事実中、原告が、警備体制、デモ行進の状況、警察官の規制活動等を撮影していたことは認める。ただし、原告は、もっぱら私服警察官をねらって撮影していたものである。

三、1 同三の1の事実中、原告が前記デモ行進等の写真をとっていたこと、小島巡査部長が原告に声をかけたこと(ただし、同巡査部長は「あなたはどうして私の写真をとったんですか」と云った。)、制服警察官数名がそこに居合せたこと、福島弁護士が小島巡査部長に身分を尋ねたことは認めるが、その余の事実は否認する。同巡査部長はそのとき警察手帳を原告らに示している。

2 同2の事実中、警備警察官がそこへかけよったこと、原告の眼鏡が路上に落ちたこと(ただし、落ちた時点は原告主張とは異っている)、警察官一名と小島巡査部長が原告主張のように両腕に手をかけて、原告主張の地点までともども移動したこと、同巡査部長が名前をいいなさいと原告に対し質問したこと、原告の弁護士バッジをはずしてその登録番号を確かめたこと、原告から写真機を受取ったことを認め、眼鏡のレンズが粉々にわれたことは不知、その余の事実は否認する。

3 同3の事実中、フィルムを抜き出して感光させたこと、写真機を原告に手渡し、原告がもとの地点に戻ったことは認める。その余の主張を否認する。

四、同四の主張を否認する。

五、同五の事実中、小島巡査部長が被告の公権力の行使にあたる公務員であることは認めるが、その余の主張を否認する。

六、なお、本件の事実関係は、次のとおりである。

1  即ち、小島巡査部長は、警視庁巡査山本賢三とともに、前記デモ行進を視察するため、同日午後一時一五分ころ、霞ヶ関派出所前交差点付近に赴き、午後一時五八分ころ、右デモ行進の先頭が同所を通過した後、前記大蔵省裏交差点へ移動し、同交差点の大蔵省寄り歩道上に立ちどまって右デモ行進を視察していた。そのころ、原告は、小島巡査部長から二、三メートル離れた地点で国防色のレインコートを着た弁護士らしい男(福島弁護士と思われる)に耳打ちされてはそのつど通行中の私服警察官を二、三メートルの至近距離から写真撮影していたが、午後二時一五分ころになると小島巡査部長に対して写真機を向けてきた。

そこで、小島巡査部長は、写真機に背を向けてその場から離れたが、原告はその後もしつように同巡査部長を撮影しようとした。このようにして約二五分経過したが、小島巡査部長は、かくては警察活動に支障があると考え、ことさらに蛇行して撮影されることを避けながら職務質問のため原告へ近づいていった。すると、原告は、小島巡査部長に写真機を向けつづけていたが、同部長が原告から二メートル位に接近したときにシャッターを切った。

そして、小島巡査部長は原告に写真を撮られてしまったので、原告に対し「あなたはどうして私の写真を撮ったんですか。」と問いかけたところ、原告の脇にいた福島弁護士が「君はだれだ。」と反問してきたので、同巡査部長は、原告と福島弁護士に対して警察手帳を示した。すると、同弁護士は、「写真を撮ったのがなぜ悪い。」と怒鳴り、この声に応じてか、付近にいたデモ行進中の数名が「なんだ、なんだ。」といいながら同巡査部長を取りかこみ、その間に原告を逃がそうとした。

そこで、同巡査部長は、原告に対し「君の名前はなんというんだ。撮ったフィルムをここに出しなさい。」と云ったが、このとき原告から写真機を受取って逃げ出した男がいたので、同巡査部長はこれを追いかけて取り戻したうえ原告に手渡し、「このカメラの中に私の写真が入っているはずだから、すぐここでフィルムを抜きなさい。」と再び要求した。

2  当時、警視庁警視羽鳥定雄は、大蔵省裏交差点のほぼ中央において制服警察官の警備活動を指揮していたが、右状況を見て急ぎ同所におもむき、原告らに対し「どうしたんだ。」と問いかけた。すると、小島巡査部長が原告を指さして「この男が我々の面を撮った。フィルムを抜かせなければならん。」と答えたので、同警視は写真撮影による紛議と判断した。その時あたかも後続デモてい団が近接してきていたので『現状のままにしておいては、デモ行進が混乱するおそれがある』と考え、原告及び小島巡査部長に対し「ここでは駄目だ。後ろの方へ行って話をつけなさい。」と衆議院第二議員会館前歩道上を指し示した。

3  警視庁警部補黒崎巌は、当時、羽鳥警視の指揮下に警備に従事し、羽鳥警視に先立って前記現場に赴いたものであるが、原告の左腕に手を添えて原告や小島巡査部長ともども反対側歩道へ移動した。

このとき、原告のかけていた眼鏡が落ちたが、原告は直ちに拾いあげポケットに収めた。

4  当時、衆議院第二議員会館前歩道脇には、羽鳥警視指揮下の警察官、警視庁警部補小沢千弘外九名がいたが、小島巡査部長は同所で再び原告と向い合い、「あなたの所属と名前を言いなさい。」と質問し、ついで「このカメラからフィルムを抜いて感光させなさい。」と説得した。

ところが、原告は、同巡査部長の再三にわたる質問・説得に対し「名前を言う必要がない。」と一言答えただけで、写真機を後ろ手に持ったままでいた。

そこで、同巡査部長は、原告の背広左襟についている弁護士バッジを指さし「あなたがどうしても身分を明かさないのなら、このバッジの番号を見せてもらいます。」と了解を求めたうえ、バッジのネジをまわしてこれをはずして番号を確かめ、すぐ、元のように装着した。

5  小島巡査部長は、以上のような次第で、原告の氏名等についての手がかりは得たが、『原告のフィルムを感光させなければ、私服警察官としての活動に支障が生ずる』と考え、原告に対し「あなたがどうしてもフィルムを出さないならやむを得ない。私が抜きますからカメラを渡しなさい。」と要求し、原告から写真機を受け取ってその場でフィルムをとり出し露光した後、写真機は原告に手渡し、原告と連れだって大蔵省寄り歩道へ戻ったものである。

第四、被告の反論

一、小島巡査部長の前記質問等は、警察法第二条及び警察官職務執行法第二条に基づくものである。

1  質問について

第三の六の1で主張のとおり、原告が福島弁護士に耳打ちされては、デモ行進の視察活動に従事中の私服警察官を、二、三メートルの至近距離から盛んに写真撮影し、午後二時一五分ころからは、約二五分間にわたりしつように小島巡査部長につきまとい、ついに、二メートル位の至近距離から同巡査部長を写真撮影したもので、同巡査部長は、原告のこの行為を異常な挙動と判断し何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると思料して質問したものである。警察官は、警察法第二条の責務を遂行するため必要と認められる限度において国民に対して、その住所・氏名を聞きまたはなんらかの事実について質問することは、許されるもので、その質問方法が妥当である限り適法な職務行為であり、警察官職務執行法第二条第一項に該当する。この場合の「何らかの犯罪」とは、現行犯人逮捕の際における“罪”とはことなり、被疑事実の概要が確定している必要はなく、異常な状態から判断して何らかの犯罪を犯し若しくは犯そうとしていると疑うに足りる合理的理由があれば十分である。

また、警察官がその職務遂行のため社会通念上警察官の職務として妥当と認められる手段は、国民に義務を課したり強制力を行使したりしない限り事実上の行為として許され「異常な挙動をする者」に対して、これを不審視して質問することは違法ではない。

2  小島巡査部長及び黒崎警部補が原告と共に移動した行為について

小島巡査部長及び黒崎警部補が、原告に手を添えて衆議院第二議員会館前歩道まで移動した行為は、警察法第二条の責務に基づく現場の混乱防止のために必要な措置であり、手を添えたのも原告の自発的動作をうながすためのものにすぎない。

また、同巡査部長は、その場で質問をすることが本人に対して不利であり、かつ交通の妨害になると認めたので、羽鳥警視の指示にしたがって、現場交差点において、当時、もっとも交通上支障がない場所であった前記歩道まで、場所を移動するよう原告の右腕に手をかけてうながしたものであるから、警察官職務執行法第二条第二項にいう同行でもある。

二、また、小島巡査部長が原告の弁護士バッジをはずし、フィルムを写真機からとり出し露光した行為は、いずれも原告の同意を得て行なわれたものである。

1  第三の六の4記載のとおり、原告は、小島巡査部長の質問に対し、何の返答もしなかったので、同巡査部長は、原告のつけている弁護士バッジの登録番号で原告の住所・氏名を確認しようと考え、右バッジをはずすことについて原告の了解を求めたところ、原告が明確に拒否の意思を表示しなかったので、同意したものと解してはずしたもので、強制的に取りはずしたものではない。

2  第三の六の5記載のとおり、小島巡査部長が原告に対し、写真機を手渡すよう説得したところ、原告は積極的に差し出しはしなかったが、同巡査部長が写真機に手をかけると、拒絶することなく手放したものであり、また、フィルムをとり出して露光することについても、拒否する旨の意思表示はなかったもので、いずれも、原告の黙示の同意があったものと解すべきである。

第五、被告の抗争に対する原告の主張

一、第三の六の主張中、原告の第二の二、三で主張する事実に反する部分を否認する。

二、第四の一の1、2を否認する。

1  警察官の職務行為は、単に警備公安警察のそれに限らず刑事警察においても、本質的に国民の自由、財産に対し侵害を加えるものであるから、警察権の発動に対しては、国会による事前の民主的規制及び裁判所による事後の司法的抑制が加えられなければならない。そこで、警察官に対しては、警察官職務執行法によって質問、保護、避難等の措置、犯罪の予防及び制止、立入、武器の使用等の手段が与えられているが、それらは必要最少限度の範囲で用いられるべきで、その濫用は法によって厳禁されている。

2  従って、警察官が職務質問をするためには、同法第二条第一項の要件を具備しなければならない。ところで、本件の場合、原告は、前記のように弁護士としてその正当な業務を遂行していたのであるから、時間的・場所的関係を考えるまでもなく、原告に対し職務質問をするための要件を具備していなかったことは明らかである。すなわち、本件の原告の行為は、右条項にいう「異常な挙動」などでは決してなく、また原告は「何らかの犯罪を犯そうとしてい」なかったし、ましてそれを「疑われる」「相当な理由」などは存在しなかったことも明らかである。それにもかかわらず、小島巡査部長は右法条に違反して本件「職務行為」を行った。

3  また、小島巡査部長の行為は、同法第二条に定める手段を逸脱してなされたものである。すなわち、同条の手段とは、停止及び質問(第一項)であり、その他一定の場合における任意同行(第二項)並びに一定の場合における凶器の検査(第四項)のみであり、被質問者に対し停止、質問、任意同行をする場合にも、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身体を拘束したり、その意に反して連行したり、答弁を強要することはできない(第三項)のである。まして、暴行を加えたり、人の所持品を奪い取って器物を損壊したりすることは許されない。

しかるに、同巡査部長の行為は、次のとおり、右手段を逸脱している。

(一)、同巡査部長は原告に対し、「写真機を出せ、フィルムをよこせ」などと言っているが、これは職務質問の範囲に含まれない。

(二)、原告の写真機を奪い取ろうとしたり、両腕をつかんだり、眼鏡をはずして破損させたりしているが、これは停止・質問の範囲外のものである。

(三)、原告を約四〇メートルにわたって強制連行しているが、同条第二項の同行は任意同行であって、逮捕・勾引に類する本件の如き強制力による連行は許されない。

本件連行は、原告の身体を拘束し、その意に反してなされたものであって、同条第三項に違反するのみならず、その連行場所も、警察官一ヶ分隊の待機している場所というように極めて異常である。

(四)、原告の弁護士バッジをその意に反して取りはずしているが、職務質問の中に、かかる権限が含まれているということはできない。また、被質問者に答弁を強要することが禁止されているのであるから、たとえ原告がその氏名・住居所を黙秘して答えなかったとしても、右結論に差異はない。

(五)、原告の写真機を奪い取りフィルムを抜き出し露光しているが、警察官にかかる権限はない。警察官に与えられているのは、「逮捕されている者に対する凶器の検査」権限のみであって、本件の場合はこの要件にあたらない。

三、同二の1、2の事実を否認する。

原告が、小島巡査部長に対し、弁護士バッジをはずすこと、フィルムを露光させることについて、黙示の同意を与えたという被告の主張は、まったく架空の主張である。

第六、証拠≪省略≫

理由

一、原告が東京弁護士会所属の弁護士であること、昭和四〇年四月一八日午前、東京都日比谷公園内日比谷野外音楽堂において、ベトナム侵略反対、日韓会談粉粋、春闘勝利、生活と権利擁護、安保条約破棄等の要求を掲げて、全国統一行動東京集会が開催され、同月午後右集会参加者が右諸要求をアッピールするためデモ行進に移ったこと、原告が写真機を携行して右デモ行進につきそっていたこと、同デモ行進は霞ヶ関から国会議事堂前高速道路入口付近に至って大蔵省裏交差点を特許庁方面に左折しかかったこと(別紙図面参照)その頃、警視庁所属の警察隊が右デモ行進の警備に従事していたこと、原告が右デモ行進の大蔵省裏交差点で左折する辺りで警察官の警備体制、デモ行進の状況、警察官の右デモ行進参加者に対する規制活動等を撮影していたこと、その頃、小島勝視巡査部長が原告に声をかけたこと、その場に制服警察官数名が居合せ、福島等弁護士が小島巡査部長にその身分を尋ねたこと、そこへ警備警察官がかけよったこと、原告の眼鏡が路上に落ちたこと、警察官一名と小島巡査部長が原告主張のように両腕に手をかけて原告主張の地点までともども移動したこと、同巡査部長が原告に対し名前を問い、原告の弁護士バッジをはずして、その登録番号を確めたこと、そして原告からそこで写真機を受取り、そのフィルムを抜き出して感光させたこと、同巡査部長が右写真機を原告に手渡し、原告が旧地点に戻ったことは当事者間で争いがない。

右争いのない事実と≪証拠省略≫を総合して以下の事実を認めることができる。

1  昭和四〇年四月一八日午前一〇時ころ、東京都日比谷公園内日比谷野外音楽堂において、ベトナム侵略反対・日韓会談粉砕・春闘勝利・生活と権利擁護・安保条約破棄等の要求を掲げる四・一八全国統一行動東京大集会の第一次集会が開催され、同日午後二時ころ、右集会参加者は、右諸要求をアッピールするためデモ行進に出発した。

2  右集会・デモ行進の主催者であった四・一八全国統一行動代表者会議は、かねて、警備警察の本質は、かかる集団行動を暴徒視して、これに干渉、制限、妨害を加えて、各種の規制をするものと思料していたので、法律家の任意団体である自由法曹団に対し、集会・デモ行進に際して、警備警察官の規制行為をめぐって、集会・デモ行進参加者との間で紛争が生ずることをおそれ、これを避けるため、また、警察官による不当な弾圧行為を懸念し、万一、参加者が逮捕されるような場合にそなえて、遺漏なきを期してその事前事後の対策のため、弁護士のつきそいを要請した。自由法曹団は、これをうけて、加盟弁護士に同趣旨の要請をしていたところ、東京弁護士会に所属し小島成一法律事務所の一員であった原告(昭和三九年四月弁護士登録)は、これに応じ、赤地に白文字で、「自由法曹団」と記した腕章を帯用し、弁護士バッジを背広の左襟につけた上、写真機を携帯して、右集会・デモ行進につきそった。

3  ところで、大蔵省裏交差点付近は多くの警察官がおり問題の起る危険性がある場所柄から、そこにいってもらいたいとの要求を受けていた原告は、福島等弁護士らとともに前記デモ隊の最先頭てい団に付き添い日比谷図書館前を通り、(以下別紙図面参照)霞ヶ関ポリスボックス方面から大蔵省裏交差点近くにさしかかったが、そこで、その交差点の特許庁方向への曲り角歩道上に移って、警戒のため待機した。その付近には多数の装甲車、制服警察官が配置され、またグリーンベルトにはうず巻状の有刺鉄線が設置されていた。

4  右デモ隊は、前記大蔵省裏交差点を左折して、特許庁方面へと進行中であったが、右交差点付近において、警備にあたっていた警視庁所属の警察官等は、折柄五列縦隊で進行中のデモ隊に対し、これを車道中央寄りから歩道寄りに押しやって隊列をせばめようとし、また、デモ参加者が所持していた横断幕・プラカード等に手をかける等して、右縦隊に対して規制行為をはじめるに至った。

5  その際、原告は、装甲車、有刺鉄線の状況、警察官の警備態勢、デモ行進の状況、警察官によるデモ隊に対する前記規制行為等を写真機により撮影していた。

6、ついで、原告は、同日午後二時三〇分ころ、デモ行進の一つ二つのてい団が順次通過したあと、かなりの間隔をおいて進行してくる次のてい団の進行状況を撮影中、原告から数メートル霞ヶ関方向に離れて立っていた私服警察官警視庁巡査部長小島勝視が、突然、「写真を撮ったろう、フィルムを出せ。」と叫びながら走り近づき、原告につめ寄ってきた。この時、付近にいた福島等弁護士が咄嗟に両者の間に入り、小島巡査部長に身分を尋ねたところ、同巡査部長は、ポケットから警察手帳を取り出しちらっと見せるや写真機を奪い取ろうとした。

そこで、福島弁護士は、さらに、いかなる権限に基づいてそのようなことができるかと抗議したが、同巡査部長は、「民事だ、肖像権の侵害だ」等と答えるのみで右抗議を無視し、なおも、原告の写真機を奪い取ろうとしたので、原告は、かたわらにいた日本国民救援会の長谷部利雄に右写真機を渡したところ、同巡査部長は今度は長谷部につかみかかり奪い取ろうとしたので、同人は原告に写真機を返し再び同巡査部長が原告につめ寄る等の小競合いが続いた。

7、そのうち、付近の車道上で警備中の制服警察官数名が来合せたが、同警察官らは、小島巡査部長が原告から写真機を取り上げようとするのを制止することなく傍観し、かえって、原告、福島弁護士及び同巡査部長等を囲みはじめて、右巡査部長に助勢する態勢をとり、その結果、右警察官らの一人の手が原告の眼鏡にあたって顔から飛び落ち左側レンズが破損した。

ついで、警察官らは、原告の傍から福島弁護士らを隔離し、同弁護士を寄せつけず、その間、同巡査部長は、原告の肩に手をかけ、胸をつかむ等の行為をして原告から写真機を取り上げようとした。

8  そのころデモ行進の後続てい団が接近中であったが、小島巡査部長は、警備活動の指揮をしていた警視庁警視羽鳥定雄の指示に従って原告を他へ移動せしめようとし、同巡査部長が原告の右腕をつかんで引っぱり、警視庁警部補黒崎巌が原告の左腕をつかみ、他の警察官数名がこれを護衛するような態勢で、原告を道路をへだてた反対側の国会議事堂側(衆議院第二議員会館前)の歩道まで約四、五〇メートルを強制的に連行した。そこは、歩道にそったコンクリート塀と警視庁の広報車、装甲車等で隠蔽された場所で、警備警察官一〇数名が待機していた。

9  そこで、小島巡査部長は、前記コンクリート塀に原告を押しつけ、「フィルムをよこせ、名前を言え」等と激しく迫りながら、「弁護士バッジを見る。」といい、上着の襟からバッジを取り外し、裏面の登録番号を手帳に控えた上、元のように装着した。

そのうえ、同巡査部長は、ついに、写真機を奪い取るや、そのフィルムを取り出して感光させて、そのフィルムと写真機を原告に返還し、つづいて、携帯の小型写真機を原告に向け、二メートルあまりの近さで原告の顔を撮影した。

10  そこへ、羽鳥警視が現われ、小島巡査部長に対し、フィルムを感光させたことを確めたが、そのあと同警視の指示で、原告は、漸く解放された。

この間、原告は、約一〇分近く自由を拘束されていた。

≪証拠判断省略≫

二、そこで、被告の抗弁について判断する。

1  被告は、原告が執ように小島巡査部長につきまとい二メートル位の至近距離から同巡査部長を写真機で撮影する等の異常な挙動があった旨主張し、証人小島勝視は、それにそうごとき証言をしているが、その証言部分は、証人福島等の証言及び原告本人尋問の結果に照らして信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠がない。(ことに小島巡査部長が右フィルムを感光させしてまった以上、右主張事実の認定は困難である。)

そうすると、その余の点について判断をすすめるまでもなく、原告の異常な挙動を前提としてその氏名をたずね、同行を求めた小島巡査部長の行為は、警察官職務執行法第二条に基づく適法な行為だとする被告の主張は、失当である。もっとも、当時、小島巡査部長らが現場においてデモ行進に混乱を生ぜしめることをさけるため、原告と他の場所に移らんとしたことは認められるが、そのことから原告をその意に反し他に移動せしめたことを正当とすることはできない。

ちなみに、同巡査部長の前記認定の行為は、警察官職務執行法第二条第一、第二項によって認められている程度をも逸脱したものであることは明白である(同法第二条第三項参照)。

2  また、被告は、小島巡査部長が、原告の弁護士バッジをはずし、フィルムを感光させるについては、原告の承諾があった旨主張し、証人小島勝視はそれにそう陳述をしているが、右証言は原告本人尋問の結果に照らし信用できず、ほかに右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに、被告は、原告の黙示の同意があった旨主張するが、たとえ原告が明確な拒否の意思表示をしなかったとしても、前示認定のような事実関係のもとにおいては、到底黙示の同意があったものとすることはできない。

むしろ、仮りに原告が積極的に同巡査部長の行為をこばまなかったことが認められるとしても、弁護士たる原告は、警察官の行為にあえてさからうことは、公務執行の妨害となり、同罪で逮捕されるにいたるであろうことを懸念したものと推認できるので、明らかな拒絶の意思表示が認められなくとも積極的な同意の意思表示がなかった以上、拒絶しているものと解するのが相当である。

三、そして、小島巡査部長らの警察官が、被告の公権力の行使にあたる公務員であることは当事者間に争いなく、前記原告に対する一連の不法行為は、同巡査部長らが、その職務を行うについて故意によるものであることは明らかであるから、被告はこれによって原告の蒙むった損害を賠償する義務がある。

四、原告のうけた損害

判示のとおり小島巡査部長らが原告に対してなした一連の行為は、明らかな不法行為である。そして、原告は、四・一八全国統一行動代表者会議の要請でその主催にかかる集団行動につきそっていたもので、デモ行進参加者らとは異り、弁護士として職務活動に従事中のものであり、小島巡査部らは、右集団行動の警備に従事中であった。

原告は、右警備警察は、本質的に、かかる集団行動を暴徒化しやすいものと見て、不当に弾圧規制することをこととするものであるから、右不法行為もかかる警備警察の本質に起因するもので、従って、それは組織的、計画的に行われたものであると主張する。そして、その場合前記不法行為は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする弁護士たる原告にとってとくに堪えがたいものであることは推測できる。しかし、前記認定の事実関係の一部には、右主張にそう如きものがないとはいえないが、なお、組織的・計画的であったとまで認めるに足る証拠はない。

もっとも、原告は、赤地に白文字で「自由法曹団」と記した腕章を帯用し、弁護士バッジを背広の左襟につけて現場にいたのであるから、小島巡査部長らも原告が弁護士であることを認識して右不法行為が敢行されたものといわざるをえない。他方、原告において小島巡査部長らを挑発したことを認めるべき信用できる証拠もない。

かえって、小島巡査部長は、自己の写真をとられたことを口実に、そのフィルムの提出を求めて、その写真機をとり上げ、フィルムをひき出して感光させた後、自ら原告の顔写真を撮影している。かかる点に考え及ぶと、原告は、弁護士として、また、一個人として小島巡査部長やそこに居合せた警察官らから堪えがたい侮辱を加えられたものというべく、原告がその場で小島巡査部長らの不法を断呼指摘一喝して、その権力暴力に抗し、よくこれを思い止まらせるが如きことは、前示のように期待しがたい状況であったと考えられるので、その精神的苦痛がとくに甚大なものであったことも容易に推認できる。

当裁判所は以上のほか、本件訴訟にあらわれた一切の事情を斟酌し、原告の精神的苦痛は、金三〇万円をもって、これを慰藉するのが相当であると解する。

五、よって、原告の被告に対する本訴請求は、理由があるのでこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないものと認めてその申立を却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 渡辺剛男 裁判官赤塚信雄は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 西岡悌次)

〈以下省略〉

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